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ジョージ・ソーンダーズ「ソーンダーズ先生の小説教室」(秋草俊一郎/柳田麻里訳、2024、フィルムアート社)を読んだ。とても面白かったので感想を書きたい。
<div class="rich-link-card-container"><a class="rich-link-card" href="https://www.filmart.co.jp/books/978-4-8459-2129-4/" target="_blank">
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</div>
<div class="rich-link-card-text">
<h1 class="rich-link-card-title">ソーンダーズ先生の小説教室</h1>
<p class="rich-link-card-description">
ロシア文学に学ぶ書くこと、読むこと、生きること
</p>
<p class="rich-link-href">
https://www.filmart.co.jp/books/978-4-8459-2129-4/
</p>
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</a></div>
ジョージ・ソーンダーズはアメリカの小説家で、「短くて恐ろしいフィルの時代」とか「リンカーンとさまよえる霊魂たち」などが有名でしょうか(「リンカーンと……」でブッカー賞も受賞している)。私が敬愛する岸本佐知子の訳本も多い。
この本は、ソーンダーズがシラキュース大学で小説家志望の学生向けに教えていたクラスの文章化、とのこと。
ソーンダーズはロシア文学が好きだそうで、題材となる小説はチェーホフ、ゴーゴリ、トルストイ、ツルゲーネフとすべて19世紀ロシアの短編である。
## 形式がいい
個人的に、小説の解説本をこれまで幾度も挫折してきたのですが([[2026-07-27_08-02#2026-07-28 読んでみてください]])、この本はかなり画期的だった。なぜかというと、題材となる短編がすべて同じ本に収録されている!!
つまり、この本をめくっただけで「ソーンダーズ先生の小説教室」および7作の短編を読める。すごい。画期的すぎる。
ソーンダーズが序文で「ドリル形式」と呼ぶ通り、まずは短編を読んでから、ソーンダーズの解説が始まるという形式になっている。この短編いいな〜と思ったところをソーンダーズが的確に解説してくれたり、一体何なんだよこの小説と思ったところをソーンダーズが的確に解説してくれたりするのでとてもよかった。
一体何なんだよと思ったとき、普通そこで終わってしまうけど、その気持ちを共有してくれてもっといい読みをしてくれる人がいるとこんなにうれしいんだ……。
ただ、実際のシラキュース大学ではこの形式では教えていないらしい。1ページ読み進め、1ページ毎に感想を言ったり、自分がどういう気持になっているか言語化していくのだそうだ。
この「実録版・小説教室」方式で書いてくれているのが1章(荷馬車で)である。これはかなり重かった。
区切りごとにソーンダーズの地の文がでてきて、手取り足取り小説のこの部分がどういうふうに作用しているかとかどういうふうに読めるかとか解説してくれて、面白いけどあまりに熱心なマンツーマン指導を顔面5cmあたりで受けている気持ちになる。
でも「荷馬車で」は確かにすごい良い短編でした。
## 学んだこといろいろ
### 小説の構造とは何なのか
> 構造はコール・アンド・レスポンスの一種だと見なせるかもしれない。小説から有機的に問いが生まれ、小説はそれに丁寧に丁寧に答えていく。よい構造をつくりたかったら、読者にどんな問いを投げているのかを意識するようにして、それに答えるだけでいいのだ。
> 「ソーンダーズ先生の小説教室」、kindle版、p.31
小説が読者からの問いや期待に応えるかたちで進んでいくもの(そうでなければ読者は読み進められない)というのはすごく面白い定義だと思った。そして、そのために、作者は読者の問いや期待をコントロールする必要があるという考え方も面白い。
自分が文章を読んで、いったい何を考えているのか、いったいどういう気持ちになっているのか1文1文確かめるというのはかなり膨大な試みだという気がするが、しかしこれが読むことなのか、とも思った。
### 推敲とは何なのか
[[ブローガスト2026の準備と推敲【ブローガストDay11】#アップする前の推敲]]でも引用した通り、推敲について具体的な例があがっていてこういうことなのか、と初めて理解した。
「ジェーンがソファに座ることにどれほどの意味があるだろうか?」すごすぎる。声に出して読みたい。今読みました。
連想や妄想を駆使して文章を書くのが得意(であり、それを恥じてもいる)なので、自分の文章はほとんど必要ない部分だなとつねづね思っている。つまりそういうことなのだ。私は自分の文章を「私」まで切り詰めることができる。
### 自分の(文章の)良さとは何なのか考えること
> 日々の会話でスピード感を出したいとき、どうしているか? 相手を楽しませたいとき、相手に好意を伝えたいとき、自分が話を聞いているのだとわからせたいとき、どうしているか? 相手を誘惑するとき、説得するとき、慰めるとき、気を引きたいとき、どうしているか? この世界で自分が魅力的でありつづける方法として、なにを見つけただろうか、そして執筆時に発揮できる同等の魅力はなんだろうか?
> 「ソーンダーズ先生の小説教室」kindle版、p.244
小説は読者との対話、みたいなことがよく言われるが、どちらかというとパフォーマンスに近いのだと理解できた。
著者は読者を最後まで読ませるために、「惹きつけている」のだ。
村上春樹が「ジョン・アーウィングが昔『小説で人をaddictedさせなければいけないんだ』みたいなことを言っていた」と書いていたのを読んでから、じぶんがaddicted状態であるかどうかには自覚的でありたいと思っている。ソーンダーズが言っているのは文章を読んでいるその時間だけでも、自分の持てるすべてを使って、読者をaddicted状態にするにはどうしたらいいのか?ということだ。
「こういう文章を書きたい」と思っても結局自分の文章しか書けない、という話をソーンダーズは「クズ山」というたとえで表現している。読者を魅了しようと思っても、たとえば私であれば須賀敦子のような、透明な水のような文章を書くことは到底できない。
よーしaddicted状態にさせちゃうぞ(あるいはよい人間関係を築くぞ)、と思って自分のあらゆる良さを総動員したところ、できたものは水じゃなくて虹色のねばねばした液体、となるわけだ。そして、まあやるしかない、それが私の良さでありそれしか作れないからである。
この下は各短編の感想をだらだらと書いてあります。
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## 短編の感想
ロシア文学にあまり明るくないので、収録されている短編をひとつも読んだことがなく(それはどうなんだ?)、新鮮な気持ちで収録作品に臨むことができた。
### 荷馬車で
チェーホフ「荷馬車で」は上記の通りソーンダーズの実況とともに読んだので、ソーンダーズの考えが読みに混じってしまったのだけれど、とにかくいい短編小説だった。
人のある時点の、そのときにはそうとわからないけれど確実に分岐した瞬間、というのを描いている小説はうまいなと思う。
ただ、「荷馬車で」を自分ひとりで読んでいたら、これが”その小説”だとはわからなかったかもと思う。ソーンダーズの解説によってああこれは、戻れない一瞬を書くための小説なのだ、ということがわかった。なのでやっぱりこの短編を解説とともに読めてよかった。
### のど自慢
ツルゲーネフ「のど自慢」これ何?小説(1)。なんか、確かに「よい」ものって技術の巧さではだけでなくて、人にある記憶やない記憶を蘇らさせるようなものかもと思う。これってそういうことを書いたのでしょうか??それにしては長いような……と思ったところ、ソーンダーズが(もちろん君が疑問に思うだろうことはわかっているよ)とばかりに表まで作って解説してくれたのでめっちゃうけた。
ここから「我々は自分の書けるものしか書けない」というめちゃくちゃいい話につながり、せ、先生……!
### かわいいひと
チェーホフ「かわいいひと」も面白かった。最初はわからないけれど、だんだん様子がおかしくなっていくみたいな話が好き。この話はすぐ、あ、おかしくなってるなとわかるのだが、着地がなるほど〜と思う。
そしてソーンダーズがその後、「どうやって我々のなるほど〜が引き出されているのか」を教えてくれる。パターンもやっぱりいろいろ工夫されているから面白いのですね。
### 主人と下男
トルストイ「主人と下男」はトルストイだった。あんまり著者名見ないで読み出して、展開していくにつれてじわじわ、うわっこれトルストイだとわかった。なんかヒューマニズム、みたいな……。でもこんなに映画調というか、ドラマチックな話を書くのは知らなかった。馬がかわいそうだよね。あとヴァシーリーの変化がじつは「方向転換」の一種だという読みと、ニキータの変化が書かれていないという指摘はすごいと思った。
### 鼻
ゴーゴリ「鼻」って読んだことあったと思っていたけど全然読んだことなかった。もしかして芥川と混同していたかも。こういう非合理的なただ面白い短編をどういうふうに解説するのかしら、と思ったらこのような行き違いがある状態でも現実を続けようとする人間としての性みたいな話になり若干戸惑った。いや、たぶんゴーゴリがそんなことを意味していないし、ソーンダーズがそんなの重々承知だというのはわかる。あくまでこう読むことができるという提示、書いたものは自分から離れていってしまうという話なのだと思う。ゴーゴリがこういう話を楽しく書いて、だんだんまじで嫌なやつになったというエピソードが身につまされるものがある。
### すぐり
チェーホフ「すぐり」これ何?小説(2)。なんか面倒な人が語っている話だなと思ったのだが、ソーンダーズの解説によると多面性を内包した小説であるらしい。確かに……、言われればそうかも……。
確かに言い切らずに考え続けろっていうのは自分が大切にしている価値観でもあるけど、それを小説で書くとあんまりおもしろくないのかもと思った。シンプルに煙草の火を消さないやつ嫌だなという感情に飲み込まれている可能性がある。あと幸福な人の扉に木槌で不幸を知らせて回るやつ嫌すぎるだろ。いやでも自分の生きている場所ではないところで困っている人がいることを知るのは大事、と思うけど……あっこれは術中にはまっている!
### 壺のアリョーシャ
トルストイ「壺のアリョーシャ」は本当によかった。
これもヒ、ヒューマニズム……のはずなのだが、なんというか救いがなく、細く開いた扉が、閉まる直前の閉まったか閉まってないかわからない状態というような終わり方になっており(ソーンダーズの解説によると「図らずも」なってしまっており)、しかもそこまでご丁寧に遊歩道が設置されていて、突き落とされるならまだいいんだけど、落ちたかも……という瞬間に目が覚めたというかまだ落ちた感覚は残っているのにベッドの中、うわーなんでこんなことを!呆然 となってしまってめちゃめちゃだった。結末をちょっと書かないだけで、他人をこんな状態に陥れることができる作家、トルストイ。
そしてここまで感情を揺さぶられると、ソーンダーズの解説が全然頭に入らないということがわかった。「省略の叡智」じゃなくて先生、助けて。
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