[[2026-01-05_11|←先週の日記(2026-01-05_11)]]|[[2026-01-26_02-01|再来週の日記(2026-01-19_25)→]]
# 2026-01-12 でかい
- ドーナツを食べに行く。
- Valheimというゲームで蕪を探し、見つける。これが今年の七草粥……?
一人暮らしの時分、かっこいい土鍋ほしいなと思ってでかい土鍋を買い、「でかすぎる」と同僚等に笑われた。
どれくらいでかいかというと、暮らしている人間が2倍以上に増えた現在でもなお、わりとでかいと感じる。
でも信楽焼のたぬきみたいで、茶色くて、でかくて、おもくて、かっこいいのだ。
かっこいいからいいじゃんね。
---
# 2026-01-13 ちいさな狐
- ものすごい風が吹いており、ブランケットを洗濯して干そうとしたが挫折した。
- 昨日のごま豆乳鍋を増殖させおじやにする。
なんとなく趣味で色々な有形無形のものを作ってネットにアップしたりしなかったりしている。しかし、これを無料で人間に見せることができる、つまり、他人の注意リソースをただで奪う(可能性のあるプラットフォームを使える)のはあとどれくらいのあいだだろうと考える。
いや、この日記もObsidian publishでホストしているので無料ではないですが、もっと個人の注意リソースそのものをそれぞれが商品として、メルカリみたいに扱う時代が来てしまうのではないかと思う。そのようなプラットフォームでないと発信もできなくなるのではないか。
もしかしてもう時代来てますか?
なるべく細々とものを作っていきたいし、他人のアテンションをもらわなくてもよいというふうになりたい。しかし、他人が見る可能性がある、というのはそれはそれで重要ではないかと思う。
その違いはなんだろう。
とくに答えがあるわけではないが、中島敦の「狐憑」を思い出す。
私の勝手な想像に過ぎないが、この狐がちっちゃかったらよかったのに、と思うのだ。そして小さいのがたくさん住んでいたらいいのに。
そうしたら他人が多くいなくても、楽しく過ごせたのではないだろうか。
---
# 2026-01-14 布かわいい
- 布がたくさん入った箱が届いた。全部かわいい。やった〜〜
布が入っている箱を買った([[2026-01-05_11#2026-01-06 午年]])のですが、開けたらかわいい布がたくさん入っていてうわ〜〜〜〜〜となった。馬のかわいいアップリケもついていた。こんなにかわいく美しいデザインのものが買えるのすごい。
どの布もあまりにもかわいいので、布を出して並べてかわいい〜〜と言ったあと、箱に布を綺麗に戻して蓋を閉じてまた開けて眺めている。この布に鋏を入れてはぎれとかが生まれるのが悲しすぎる。
布工作向いてないかも。
---
# 2026-01-15 明瞭
- 会議が多い。
会議がたくさんあり疲弊。
人と話したり、人から教えてもらうのはいろいろ勉強になるものである。同時に疲弊する。これはもうどうしようもないですよね。
いつもより遅い時間に帰っていたら、道で「くそったれ!」と明瞭に発音している人間を見た。
くそったれ、って怒っているときに言うので、どこかの音にアクセントがすごくついたり、語尾がなくなってしまったりしがちではないかと思う。ただその”くそったれ”は非常にクリアにすべての音が発音されていて、なおかつ怒りの気持ちが含まれている発声に聞こえた。
心に残ってしまいしばらく反芻している。
---
# 2026-01-16 海
- 電車トラブルに巻き込まれる。祈りの表情。
電車トラブルに巻き込まれ、息も絶え絶えという状態。ふらふら知らない場所に歩いていきそうになる。海ってどっちですか。
---
# 2026-01-17 凹まないをする
- 新しい掃除機を組み立て、家の人間それぞれが試走した。
- 友達と読書会を計画。たのしい!!
幼児がラインパーツシールを百均で得て、同じく百均で得たおままごと用のナイフやビスケットにそれを貼ってデコレーションしていた。たいへんかわいらしいオブジェクトができあがっておりいたく感心する。
夜に自己啓発本をなんとなく読む。[^1]
友達と読書会を計画したのだが、本について話したがために何か本を読みたいなという状態になり、手っ取り早く読めるのは自己啓発本なのですごい勢いで自己啓発本を読んでしまった……読書会とは全然違うテーマの本ですが……
ただ今日読んだ本はわりと学びがあり、とくに「『凹まない』は状態であり、『凹まない』を辞めたときに凹む。それはそういう仕組みである」というのは勉強になった。そうなんだ。
---
# 2026-01-18 システム
- 月詠を出せた。快挙!
- ローラーすべり台が併設された動物園へ行く。
- 動物園で水筒の中身が全部漏れていることが発覚し事件。
- 幼児は丘を登ったり降りたり、銅像を登ったり降りたりしていた。
- 前回壊れていた写真機が直っていた。写真をとれて満足!
戸谷洋志「すごい古典入門 アーレント『人間の条件』 なぜ働かなきゃいけないの?」をざーっと読んだ。アーレントについて書かれた本、新書ですら積んでいる(いわんや原著をや)。これはなんとか読み通せた。薄い本いっぱい読んだっていいじゃんってファン・ボルム「毎日読みます」にも書いてあった。
哲学を観念的なものではなく実際に使えるものにしたいという気持ちわかる。あと人間は本質的にそれぞれ個性的であるという考え方もすごく共感できる。それは善であるとかwokeであるとかではなく、「キリンの頚椎は7本である」という解剖学的事実と同じようなレベルの事実である。
本の後半でもまったく同じことが語られていたけど、「労働が人間を画一化する」というアーレントの見方には私もそうかな?と思う。たとえば同じ出力でもそこに載るニュアンスや何かを変えることは人間によってできるのではないかという気がする。それが消極的なものでも(たとえばTeamsのリアクションの絵文字が人によって違う、みたいなしょうもないこと)、それが何かにつながることもあるように思う。だから問題はその違いをいかに最大化できるかということである気がする。
以前読んだ西村佳哲「自分をいかして生きる」とかジーン・シャープ 「独裁体制から民主主義へ」(100分de名著のまとめしか読んでいないけど)につながりそうなことが書いてあった気がする、たぶん……
こういう「あの本になんかそういうことが書いてあった気がする」をまとめられるのが[[Personal Knowledge Management]]なのではないですか?はいそうなんです。うまくシステムが動いていればね!
[^1]: 「嫌われたかも」「私がいけないんだ」「なにかと不安になる」 “落ち込みやすい自分”が劇的に変わる本 (大和出版)(Joe 著)