この記事は、ブローガスト2026の10日目の記事です。 ブローガストとは何か?→公式&日本語での有志の方の説明 tobusukaの所信表明→こちら。 tobusukaのブローガスト2026で書いた記事→こちら。 ←Day9の記事はしずかなインターネットに飛びます|Day11の記事
以前、メモをすぐ消したくなる人のためのObsidian入門 - 2025-10-23という文章を書いた。
この文章は、自分のメモひいては文章がすぐ嫌になってしまう人に向けて「Obsidianならメモを消さなくなるかも」とレコメンドするものだ。
しばらくObsidian Publishで当サイト(シュウマイポップ体)を運用していてこれもいいかも、と思ったので「Obsidian Publishならメモを消さなくなるかも」レコメンドもしようと思う。
Obsidianって何?という人は、本当にたくさんの人が記事を書いているので検索してみてください。「いい感じのMarkdownエディタ」というのが私の(小学生並の)感想です。
Obsidian Publishって何?
昨年のObsidian Advent Calender2025でのObsidian Publishの記事はどれもが面白かった。Obsidian Publishについてこれらを読んでおくと大体わかると思う。おすすめです。
- PlasticHeart氏の一連の記事
なぜ私はObsidian Publishを使うのか
Obsidian Publishコトハジメ - 相戸ゆづな氏
Obsidian Publishで楽しむメモ生活
「自分のメモが月10ドルでいい感じにwebにアップロードできるサービス、更新もめっちゃ楽」というのが私の(小学生並の)感想です。
メモ消したくなるって何?
もしかしたら、わからない人には全くわからない感情かもしれないので前回の記述を再掲する。
自分はメモが大好きなのに、書いたメモを消したくなってしまう癖がある。デジタル・アナログは問わない。
続かない、、ならまだいい。ある程度時間が経つと自分のメモを見返すのが嫌になってしまう。嫌になる、というのはわからない人にはわからないかもしれない。
過去に自分が書いた内容がごちゃごちゃで汚く思える。何を書いているかわからない、書いている内容が魅力的に思えなくなり、こんなものは恥であるから一刻も早くこの世から消し去ったほうがいいと思う。
Obsidian publish契約した - 2025-10-04新しくノートをつくっては破り捨て、シュレッドし、燃やすゴミにしてきた。あるいはアカウントを消し、googleパスワードマネージャーからも完全にID情報を抹殺してきた。
メモを書いた時点でメモとしての役目は終えている、という考え方もあると思う。シンプルに何かを書くのは楽しい。
ただそこがメモ術を愛した人間の性というのか、どうしてもメモを未来で活用したいと考えてしまう。過去のメモが積み重なって新しいアイディアになったり、未来の自分に気づきを与えてくれたらどんなにいいだろう(世にあるメモ術・ノート術はだいたいこういう輝かしい状態を提示する)。
まあそれは理想的な状態だとして、せめて消したい衝動を抑えることはできないものか。今は嫌だけど、いつかいい感じに活用できる日が来るかもしれないのだし⋯⋯
特にこの傾向はインターネットに文章をアップロードしていると顕著で、とにかく抹消したい!となりアカウントを消してしまう。ゴミ箱に投擲した文章はまだ拾うことが可能だが、Webサービスだとその時点で本当にすべてが消えてしまう。
それはまあ、それでいいのかもしれないけど、過去の自分は良いと思って書いたわけだし、一時の感情で文章を消滅させるのはどうなんですか、と思うようになった。
Obsidian Publishだと何がいいのか
消したい欲を発散できる残機がある
前回の文章は、自分用のメモ・あるいは自分が発信する文章全てをObsidian経由にして、さらに残機(同期ラグによる不可避クローンVault)を持つことでメモ消し衝動を耐えましょう、というアイディアだった。
Obsidian Publishは上記の「発信」部分をObsidianから行うことができる。編集もできる。
感覚としては、ブログ書いているときのエディタ画面=Obsidianの編集画面という感じ。したがって、自分のVaultに自分のサイトの下書き(というか最終稿)がそのまま保存されているのである。
もしサイトを閉鎖したい、となったとき、HTMLやらタグやらが入ってない文章そのものを持っておけるし、サイトを閉鎖して文章消したい欲が満たされても文章そのものは消えない。つまりここでも残機が確保されているのだ。
スマートフォンから更新できる
文章が嫌になってしまうひとつの理由として、「文章をすこし書かなくなると、他人が書いたもののように思えて気持ち悪い」という感覚があると思う。
これを解決するのは簡単だ。ずっと書けばいい。
Obsidian Publishのいいところはとにかく更新が手軽なところ。私は自分のほとんどの文章をスマートフォンで書いている(生活上のいろいろな制約)のだが、Publishはもちろんスマートフォンから更新できるし、PC版の見え方がどうこう、モバイル版の見え方がどうこうとか全然気にしなくていい。
サイト更新の手順とかも覚えなくていい。ボタンを3回くらい押すだけ。
あとObsidianのそもそもの理念がwikiなので、はちゃめちゃ短いページ(定義のページとか、リンク集とか)とか、デイリーノートとか、ただのリストとかを書いてアップしても許容される感覚がある。いや、誰も監視していないので好きにすればいいんですが、そういったページを作っている人が多いのでハードルが下がるという感じです。よって日常的に更新できる。
Publishフォルダに隔離される(私の場合)
私はPublish用のフォルダを作っている。Publishの文章は全部そのフォルダにいれていて、フォルダごと公開している。
フォルダに入っているといつもObsidianを触っている間は見えなくなるので、気にしなくなる。
Digital gardenとして気にしなくなるのはどうなんだ、つねに過去の自分と対話しろ、というのはそれはそうなんですが、対話した結果、斬!になるくらいなら見えないほうがいい。もし読み返して編集したくなったら、Publishはすごくそれも簡単だし。
メモを消していません
こういうわけで私の文章はここ数年生き延びており、シュウマイポップ体もしばらくは存続しつづけるだろう(と思う)。
あまりObsidian Publishの体系的な説明や、tipsではなくすみません。
メモを消したい人がもしいたら、Obsidian Publishでサイトを作っていかにメモを消したいか書いて連絡をください。読みに行きます。