工作がすきで、よく布とか段ボールとか食材とか文字で工作してる。「工作」はここではある材料から成果物が生まれるプロセス全体を指しています(余談だけど、こういう一般名詞に勝手に自分のなかの意味を付与して使うのが楽しい。ラカンとか読むと一般名詞に勝手に自分のなかの意味を付与するなと思うのだが、自分でやると楽しいですね)。
工作は何かできるかわかんなくて楽しい。材料が立体的に組み合わさって成果物ができる過程も楽しい。べつにremarkableなものができるわけではないが(というか成果物はだいたいどうでもよい)、作業している間は何も考えなくていい。作業が終わると途端に「これに何の意味が?」とか「人間存在?」とかのクエスチョンが発生し、それらが自分にとってはしんどいというかあんま意味ないことなのでできればずっと作業したい。
適切な自己開示がむずかしいと感じていて会話にかなり苦手意識があるが、会話も工作みたいにできればなと思った。すくなくとも会話はプレゼンテーションではないので成果物をお出しする場ではない(はず)。
人間はそれぞれ固有でありそれぞれの材料を持っており、もちろんわたしも固有の材料を持っているのだから、ジェンガみたいに組み合わせるのはたのしいはず。崩れたらそれはそれでうける!!!テープで直そ!!!!みたいな感じで会話できるようになったらいいな。
人を判断したくないという気持ちがあると同時に、じぶんが判断されてしまうのではないかという恐怖があるのだが、人や自分にフォーカスを当てるというよりもうちょっと会話そのものを成果物というか、形あるもののように見ることができるなぞの目がひつようかも。それはどうやったら持てるようになるのかな。